狂犬病は、世界中で年間5万~6万人が死亡する人獣共通感染症です。狂犬病は発症するとほぼ100%死亡する脳炎を引き起こします。狂犬病はほとんど全ての哺乳動物から感染する可能性があります。日本の感染症法では4類に分類されています。
潜伏期間は咬傷が頭部に近いほど短いが、末梢の神経線維に感染した場合には、ウイルスは非常にゆっくりと脳へ向かうので、発症まで一般的に1カ月~3カ月程度の期間を要します。極めてまれに発症までに数年の年月を要することもあります。前駆症状として、全身倦怠感、食欲不振、頭痛、精神不安などの非定型的な症状や、咬傷部の灼熱感、疼痛やかゆみなどの知覚異常、筋肉痛などを訴えることがあり、これらは咬傷が癒えた後にも自覚される場合がある特徴的な前駆症状です。前駆期に引き続き、興奮や躁動などを主症状として、呼吸困難、嚥下困難さらには恐水症(液体を飲もうとすると筋肉がけいれんするため、水を恐れるようになります)や恐風症(風をおそれるようになる症状)からなる興奮期(狂躁型狂犬病)に陥ります。最終的には脳神経や全身の筋肉麻痺をきたして、嚥下性肺炎や呼吸不全・循環不全に陥ります。症状が一度明らかになれば、有効な治療・救命法はなく、ほぼ100%が死亡します。
全ての動物から感染する可能性があります。動物にむやみに手を出さないようにしましょう。
特にイヌは人の狂犬病の感染源の99%を占めており、大多数の死亡者の原因になっています。
タイにおける狂犬病死亡率は減少の一途をたどっており、1980年には370件であったが、1990年には185件、2012年には4件に減少しています。犬(動物)の狂犬病はタイ全土で発生していますが、ヒト狂犬病のほとんどは中部および南部で発生しています(図1および図2)。2013年には、中部、北東部および南部地域で7件のヒト狂犬病患者(ほとんどの症例は子犬に咬まれた)が発生し、中部、北東部、北部および南部地域で110頭の狂犬病犬が発生しました。
通常、人は感染した動物に深く咬まれたり、引っ掻かれたりすることで感染します。イヌは、狂犬病の主たる宿主であり、媒介動物です。アジアとアフリカでは、イヌは人の狂犬病全体の95%以上の死亡原因になっています。
狂犬病は一旦発症すれば効果的な治療法はなく、ほぼ100%の方が亡くなります。感染動物に咬まれるなど感染した疑いがある場合には、その直後から連続したワクチンを接種(暴露後ワクチン接種)をすることで発症を抑えることができます。
狂犬病暴露後予防接種(PEP)は、狂犬病感染を防ぐために狂犬病に曝露された後、直ちに咬傷被害者に開始される治療のことです。暴露後予防接種は、次のように構成されています。
<洗浄と消毒>
傷口(たとえ引っかき傷でも)を流水と石鹸で15分以上をかけて十分に洗い、可能なら70%エタノールやポピドンヨードも用いる。
<WHOが規定する接触・暴露の種類と勧告される曝露後発病予防治療>
カテゴリー | 暴露の程度 | 被疑/確定した狂犬病の家畜/野生動物または逃走して経過観察できない動物との接触の種類 | 勧告される曝露後発病予防治療 |
Ⅰ | なし | 動物をなでた/餌を与えた 傷や病変のない皮膚をなめられた |
接触歴が信頼できれば治療は不要 |
Ⅱ | 軽微 | 素肌を軽く噛まれた/ 出血のない小さい引っかき傷やかすり傷 |
直ちに狂犬病ワクチンをレジメ通りに接種。噛んだ動物が捕獲されその後10日間経過観察または適切な実験室内診断で狂犬病陰性と判断されたら治療中止 |
Ⅲ | 重度 | 1か所ないし数か所の皮膚を破る咬傷/ 引っかき傷、傷のある皮膚がなめられた唾液による粘膜の汚染/ コウモリによる暴露 | 直ちに狂犬病ワクチンをレジメ通りに接種。噛んだ動物が捕獲されその後10日間経過観察または適切な実験室内診断で狂犬病陰性と判断されたら治療中止 |
World Health Organization. WHO Expert Consultation on Rabies. Second report. World Health Organ Tech Rep Ser. 2013;(982):1-139, back coverより改編
狂犬病に暴露後、早期に有効な治療を行えば、発症と死を防ぐことができます。
暴露前の狂犬病の予防接種(PreP)とは、犬などに咬まれて狂犬病に感染する前に予防接種を受けることです。狂犬病の流行地域に渡航する場合であって、動物との接触が避けられない、又は近くに医療機関がないような地域に長期間滞在するような方は、渡航前に予防接種を受けることをお勧めします。暴露前のワクチン接種を行っている場合であっても、犬などに咬まれて感染した可能性がある場合には暴露後のワクチン接種が必要です。
PrePは狂犬病に関わる動物検疫関係者・獣医師、あるいは都市部の医療機関から遠く離れた流行地に居住するものなどのハイリスク者に対して適応される。
国際標準法では狂犬病ワクチンを0日、7日、21日あるいは28日に3回筋肉注射し、その後も継続的な危険が予想される場合には2年おきに追加接種を行うとされています。
暴露前に免疫済でも、病獣から咬傷を受けた場合には、0日と3日に追加ワクチン接種を行うべきとなっています。
(2018年に公開されたWHOの新たなposition paperではPrePでも大きな変更が加えられ、21日あるいは28日の3回目の接種が省かれ、0日、7日の2回のみの接種に変更されています。これでも免疫学的記憶は10年以上継続するとも言われています。)
狂犬病の予防接種について寄せられた質問に南医師が回答します。
日本は世界でも数少ない狂犬病の危険性がほぼゼロの国であることから、免疫を一刻も早く付けるという発想がなく、のんびりしていると言って良いかもしれません。日本は4週間隔で2回、1回目から半年~1年の間にもう一度、1年のうちに3回接種するという方法です。しかし、国際的に標準とされる予防法は1カ月のうちに3回打つ方法です。つまり、初回を0日として7日目と21~28日の間の計3回、筋肉注射という方法で打ち、確実かつ速やかに抗体価を上昇させます。ただ、この方法でも抗体は2~3年で検出されない程度まで低下することがあり、いざ咬まれた時には、過去に成立していた免疫を呼び覚ますために5回の追加接種を行います。いつ狂犬病にかかるかわからないという国では、確実を期すためにはそれだけ万全の予防が必要というわけです。
日本で2回目まで接種されたということは、初回と4週間後に2回打たれたということですね。その半年から1年後に3回目を打つだけでも、免疫力(抗体価)は上昇すると思いますが、1カ月の間に3回打つよりは免疫力の程度はかなり弱いかもしれません。
また、日本で行われている皮下注射ですと筋肉注射より失敗率が高い可能性があり、おそらく筋肉注射のほうが効果的だと思います。抗体価の付き方には個人差があり皮下注射で問題のないことも多いので、どちらが正しいとは言えませんが、かかってしまうと大変な病気ですので、タイでもう一度やり直されたほうがよいのではないかと思います。
授乳中の予防接種は問題ありません。
2019年、タイでは狂犬病が原因で亡くなった方が20人と例年の倍に急増したことから、政府は2年以内に狂犬病を撲滅すると宣言し、ペットの犬猫800万匹以上にワクチン接種を終えたと言っています。しかし問題は、管理されていない数十万匹の野良犬がいて(タイは殺生を避けるため、ペットになれなかった犬の多くは捨てられるそうです)、バンコクにも10万匹はいるとのことです。特に危ない地域はレッドゾーンとして公表されていますが、バンコクのすぐ東に位置するチョンブリ県等の数県とイサーンのほぼ全体、北方のチェンライ周辺ですが、プーケット周辺も決して安全とは言えないようです。ですので、今後のためにも予防接種はしておかれたほうが良いと思います。WHOの勧告では、接種回数は2回で済ませるようになっています。
今回の猫に関しては、そもそも犬に比べると狂犬病ウイルスに感染していることがまれであること、直接咬まれたのではなく、引っかき傷であること、そして何よりも飼い猫であれば予防接種がなされているであろうこと(念のため確認してみてください)から緊急対応はしなくて大丈夫だと思います。
狂犬病の予防法はWHOが何度か改定してきて現在のものになっていますが、最新のものは受けた傷の程度によって3段階の予防法を使い分けるというものです。出血があった場合は2段階目の予防法、つまりワクチンを5回打つということになるようですね。もっと重症の場合は、免疫グロブリンまで接種するわけですが、日本の場合ですと世界でも珍しい非流行地ですので、免疫グロブリンを製造・輸入しておらず、重症の場合でも利用できません。非流行地の日本では予防法も以前の方法を変更せずに行っているため、6回接種が残っていると考えています。以上より、今回の接種は5回で十分と考えます。
狂犬病は麻疹やインフルエンザとは違って、そこにいるだけでうつる病気ではないという点で予防接種を迷われる方がおられます。
これは考え方次第になりますが、野生動物のいるような場所には行かない、公園などで絶対に野良犬、野良猫に近づかない、触らないということであれば狂犬病のリスクはゼロです。逆に例えばチョンブリ県にたびたび行楽に行くということであれば、犬猫以外にサル、コウモリといった野生動物との遭遇が普通にありえます。バンコク都内でも野良犬、野良猫はたくさん目にしますし、咬まれたり引っかかれるという例も時に聞きますよね。ただし、咬まれてもその動物が感染している確率はさほど高くないですし、即刻予防接種を打てば(5回打つことになりますが)発病はまず免れることができるのでそれで良いという方がタイ人を含めて多いですし、普通の方々はそれで良いのではと私も思います。
私自身はタイの医療機関が近くにない田舎の山中を頻繁に走ったりしているので、咬まれた後すぐに接種できないことを考えて予防接種は受けています。
南 宏尚 先生(社会医療法人愛仁会高槻病院)
小児科・新生児科専門医。4年間のタイ駐在で邦人社会をサポート。2023年度からは出張で医療相談やセミナーで継続支援。プライベートでは精神力の限界に挑戦する様々なスポーツを楽しむアウトドア派。
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