南国タイはゴルファーにとっての楽園。しかし、強烈な太陽の下、気づけば体は悲鳴を上げ、心はスコアに傷つき、皮膚は虫と紫外線に痛めつけられる。そんなダメージは、すでにあなたの体に蓄積されているかも…。これは、そんな美しくも熾烈な環境下でプレーするゴルファーたちに捧げる、健康と安全の虎の巻。ゴルフの敵はスコアだけじゃない!油断していると知らぬ間に「傷だらけ」。手遅れにならないための心得を一読あれ。
冬でも暖かく、いつでも半袖。そんな素晴らしい環境を持ち前にして“ゴルフ天国”の名をほしいままにしている国、それがタイ。首都バンコクからわずか1時間の距離に広がる名門コース、リゾート地パタヤやホアヒンの海風を感じるホール、涼やかな高原のチェンマイでのラウンド…。多様な舞台で一年中プレーが楽しめるのが、タイでのゴルフの大きな魅力だ。さらに、手ごろなプレー料金、フレンドリーなキャディ、コースによってはグリーン周りにもカートで入れる快適さ。ゴルファーにとってタイは、まさに芝の上の楽園と言えるのではないだろうか。
しかし、そうした快適さの裏に、ひっそりと口を開けている“落とし穴”があることも、私たちは知っておくべき。タイの太陽は、ただ明るいだけではない。強烈な紫外線は肌をはじめ目や体力にもダメージを与え、高い湿度と気温がじわじわと体力を奪い、脱水症状やそれに伴う熱中症を引き起こすリスクもある。それだけではない。ラウンドの途中にあなたを襲う突然の腰の痛み。帰宅後に気づく虫刺されの腫れ。さらには、ふとしたカートの揺れで思わぬ転倒…などなど。
これらは特別なことではなく、多くのゴルファーが「まさか自分が」と思いながら味わっている、“南国ゴルフのあるある”なのである。では、私たちはどうすれば「傷だらけのゴルファー」にならずにすむのか?そこで南国のゴルフで押さえておきたい“備え”を紹介してみたい。
ゴルフは「静」のスポーツではない。確かに走るわけでも、ぶつかり合うわけでもないが、クラブを振るその瞬間、全身の筋肉と関節が一気に稼働し、特に腰・肩・肘には想像以上の負荷がかかっている。しかも、気温と湿度の高いタイでのプレーは、筋肉の疲労や柔軟性の低下を感じにくくして油断を誘うのである。
また、ラウンド途中で突然腰が抜けたような感覚に襲われたことはないだろうか。それは、腰椎(ようつい)に過度なストレスがかかっているサインかも。例えば「腰椎分離症」のように、スイングの繰り返しによって腰椎に疲労骨折が生じるケースもある。これは特にパワーのある若年層や、ウォーミングアップ不足の中高年に多く見られるという。そして、インパクト時に肘の内側から手首にかけて鋭い痛みが走る「ゴルフ肘(上腕骨内側上顆炎)」も、準備運動不足や無理なスイングが原因の一つ。特に朝イチのスタートなど、体がまだ起きていない状態でフルスイングしてしまうと、筋肉や腱へのダメージは想像以上となるので気をつけなければならない。
いきなりのドライバーや準備不足は、ゴルファーに悲劇を招く主たる原因。そこで重要となるのがラウンド前に行うストレッチなどの準備運動である。スイングは「肩・背中・腰・股関節・太もも」といった全身の連動によって成り立っている。そのうちのどこか一部でも硬くなっているとフォームが崩れ、ミスショットを招くだけでなく、ケガにつながるリスクも高まってしまう。ストレッチの具体的な方法は後ほど紹介するが、タイミングとしてはラウンドの30分前がおすすめ。関節や筋肉をしっかり温めるには、プレー直前よりも少し早めに済ませておいた方が効果的だ。
青空の下、グリーンが広がり、鳥がさえずり、風が吹き抜ける。まるで楽園のような環境。しかしその裏では、蚊が飛び交い、紫外線が降り注ぎ、ゴルファーの肌と目と血を狙っている。「スコアを崩したのはOBのせい」そう言い切る前に、もう少し身の回りに目を向けてみるべきかもしれない。ゴルフ場には、自然界が送り込んだ手ごわい敵が存在するのだ。
まず、虫である。タイでプレーするゴルファーにとって、虫よけ対策はもはや“嗜み”と言っていい。なかでも厄介なのが蚊だ。見た目に優雅なコースであっても、池や林が多いところは格好の繁殖地。プレーに集中している間に、知らぬ間に刺されていることも少なくない。特に、ボールをブッシュに打ち込んで探している最中は、蚊にとって絶好のチャンスである。蚊が媒介する代表的な病気がデング熱。高熱や激しい関節痛、発疹などを引き起こし、重症化すれば入院が必要なケースも。「ただの虫刺され」と侮らず、虫よけスプレーは必携アイテムと心得よう。肌の露出は最小限にし、長袖シャツやアームカバー、ロングパンツでのプレーを習慣づけたい。特に、日陰に停車中のカート内は蚊の溜まり場。乗車中も油断は禁物である。
さらに見落とされがちなのが、足元の“地上の刺客”・赤アリの存在。フェアウェイ脇の木陰やラフに足を踏み入れた際、うっかり巣を踏んでしまうと、集団で襲ってくることがある。刺されると焼けるような痛みや腫れが生じ、アレルギー反応や二次感染に加えて、蜂窩織炎(ほうかしきえん)といった皮膚の深い炎症につながることもある。刺されたらすぐに患部を洗って冷やし、かきむしらないこと。症状が強い場合は医療機関へ。ラフや林の中でボールを探すときは慎重に、足元にも十分注意を払いたい。
燦燦と降り注ぐ太陽の下でクラブを振る…それが南国ゴルフの醍醐味であり、開放感の源でもある。しかしその太陽は、ゴルファーにとって凶器にも例えられることがある。ゴルフは「紫外線を最も長時間浴びるスポーツのひとつ」とも言われており、想像以上に肌や目への負担が大きいスポーツなのだ。
肌の日焼けはもちろんのこと、紫外線による皮膚へのダメージは、自覚のないまま静かに蓄積していく。ラウンド後の赤みやひりつきが数日で治まったとしても、それはダメージが回復したことを意味するわけではない。長時間にわたる紫外線曝露(ばくろ)は、皮膚の乾燥、たるみ、シミなどを引き起こす。こうした変化は「光老化(こうろうか)」と呼ばれ、年齢とは別に紫外線が原因で起こる肌の老化現象である。
さらに、このダメージが慢性的に繰り返されることで、将来的に皮膚がんのリスクを高める可能性もある。そして、忘れてはならないのが、紫外線による目へのダメージ。強い日差しの中でボールの軌道を追い続けるゴルファーの目は、真上からの強烈な光にさらされる。この紫外線が、白内障や角膜炎、加齢黄斑変性症など、さまざまな目の病気を引き起こす原因になることも。さらに、目から入った紫外線刺激が、体全体のメラニン生成を促すという報告もあり、肌の紫外線対策という意味でも無視できない。特にシニア世代のゴルファーにとっては、目の紫外線対策が健康寿命を大きく左右するポイントになるため、しっかりと意識しておきたい。
対策としては、まずは日焼け止め。適当に済ませず、SPF50+/PA++++など紫外線防御効果の高い製品を選び、2時間おきの塗り直しを心がけよう。汗をかきやすいゴルフ場では、ウォータープルーフ仕様のものを選ぶと安心。目を守るには、UVカット機能付きのサングラスをおすすめしたい。そして好き嫌いは分かれるかもしれないが、帽子の着用も一考したいもの。これらは“おしゃれアイテム”ではなく、ゴルフ場では命を守る「装備」と言っても、過言ではない。
抜けるような青空、爽やかな風…そんな美しく心地よいタイのコース。しかしそんな環境と表裏一体となっているのが高温多湿の気候で、それは想像以上に体の水分を奪っていく。そこで当然水分補給が大切なのだが、ラウンド中に「喉が渇いた」と感じた時には、すでに体は軽度の脱水状態に入っているともいわれている。
特に危険なのが、プレーに集中している時や、風が吹いている日の油断。汗が乾いて体調が不良でも気づきにくくなり、気がついたときには頭がボーッとしたり、立ちくらみ、ひどいときには熱中症の症状が現れる。だからこそ大切なのは、“喉が渇く前に水を飲む”という戦略的な水分補給。売店などでの休憩を待たずに、2〜3ホールごとに小まめな給水を意識することが肝心となる。
また、水分とともに失われているのが、ナトリウム=塩分だ。汗を大量にかいた状態で水だけを飲み続けてしまうと、体内の塩分濃度が薄まり「低ナトリウム血症」を引き起こすリスクもある。これは筋肉のけいれん、頭痛、吐き気などの原因になり、場合によってはプレーの継続が困難になることも。そこでおすすめは、スポーツドリンクを交えた水分補給。甘さが気になるご同輩は、水で薄めて持参するのも良い。あるいは、塩飴や経口補水パウダーをバッグにしのばせておくのも、南国ゴルフの“心得”なのである。
そして、ラウンドの後の愉しみといえば、クラブハウスで冷たいビールを「グイッ」ではないだろうか。これこそアフターゴルフの醍醐味だ、と言う人も多いかもしれないが、残念ながら、ビールでだけでは水分補給はできない。アルコールは利尿作用があり、逆に脱水を進めてしまうこともあるので注意が必要。汗で失われた水分や電解質を補う前にビールを流し込むと、体はさらに水を欲しがる悪循環となってしまう。だからプレー直後はまず水分と塩分をしっかり補給してから、楽しみの一杯へ進みたい。そのほうが、ビールもきっと美味しく感じられるはずだ。
ゴルフは、一人で黙々とプレーするようでいて、実はとても“社交的なスポーツ”。同伴プレイヤーとテンポを合わせ、譲り合いながら、自然の中で長時間を共に過ごす。だからこそ、ほんの少しの気づかいが、ラウンド全体の快適さを左右することになる。特にタイの強い日差しの中では、自分はもとより、同伴者の体力や集中力を持続させるための“間の取り方”がスコアにすら影響するのである。
プレー中、直射日光を長時間浴び続けると、知らぬ間に深部体温が上昇し、集中力が低下してくる。そこで大切なのが、「積極的な日陰探し」。ティーショット待ちやアプローチの順番を待つ時、数分でもいいので日差しを避けることを意識する。これだけで、体力の消耗度は大きく変わってくる。
また、休憩のタイミングも“前倒し気味”に。「まだ元気だから大丈夫」と思わず、喉が渇く前、疲れる前に5分でも座る、飲む、呼吸を整える…この“予防的休憩”が、後半のプレーに大きく効いてくることを忘れてはならない。
カートは暑いコースにおける便利な移動手段ではあるが、決して“安全地帯”ではない。特に起伏の激しい場所や濡れた芝の上では転倒事故が起こりやすく、急ブレーキによる転落も少なくない。被害に遭うのは、年配のゴルファーであることも多く、十分な注意が必要だ。タイのコースの場合、キャディが運転してくれることがほとんどだが、移動中はしっかりとグリップバーを握り、立ち上がる際は必ずカートが完全に停止していることを確認。また、急いで乗り込もうとして足を滑らせる事故もよくあるので、焦らず、慌てず、“乗り降りこそ、スロー&スマートに”。
自分自身の体調管理はもちろんだが、同伴プレイヤーへの気配りも南国ゴルフの大切なマナー。「さっきから無口になってきたな」「歩き方が少しふらついている?」「顔が赤いような、青いような…」。そんな小さな“異変”に気づけるのは、プレーを共にしている仲間だからこそ。「水飲んだ?」「ちょっと日陰に座ろうよ」といった一言が、体調の悪化を防ぐ“きっかけ”になることもある。
もしも誰かが立てなくなったりしたら熱中症の可能性もある。そんな場合は、日陰に連れて行き水を飲ませて深呼吸をさせてみること。よりひどい場合には体を横向きにして寝る“回復体位”をとらせ、キャディに言ってマーシャル(コースの進行係員)に連絡してもらおう。
「ゴルフコースには魔物が住む」という比喩がありますが、OBの連発やバンカーから出られないといったことよりも、実はもっと怖いのは暑さ。日本から到着してすぐにコースへ直行するゴルファーも多いと思いますが、ここで気をつけたいのが「お酒」。特に日本が寒い季節にタイへ来ると、気候のギャップと開放感から、ラウンド中にお酒を飲んでしまう人がいますが、あれは非常に危険です。お酒は利尿作用が強いので、脱水症状を起こすリスクが高くなります。実際に、熱中症を併発して病院へ運ばれるケースも少なくありません。
また、暑さや水分不足が引き金となって、心筋梗塞を発症するケースもあります。ゴルフ場で心筋梗塞を発症して救急搬送されないよう、気をつけましょう。若いからといって油断は禁物です。お酒はラウンド後まで我慢しましょう。ラウンド中に飲むべきなのは水や電解質の入ったスポーツドリンク。「喉の渇きを感じたら熱中症の始まり」、これを心に留めておいてください。
また、サングラスの重要性についても、実際の事例から学べることがあります。以前、ゴルフボールが目に当たったものの、サングラスがクッションとなって大事に至らなかったという患者さんがいらっしゃいました。紫外線対策だけでなく、思わぬ事故から目を守る保護具としても、サングラスは非常に有効です。ゴルフは自分と闘うスポーツ。自分で自己管理することが、ゴルフの一部だと思えば無理なく楽しめますし、きっとスコアも伸びるはずです。
そして、タイ在住で暑さに慣れているゴルファーの皆さんは、旅行で来たゴルファーにもぜひ気を配ってあげてください。それが本当のホスピタリティなのかなと思います。
尾﨑 岳 医師
ゴルフは静かに見えて、実は全身を使うハードなスポーツ。特にタイのような暑い環境では、いきなりスイングに入るのは危険。ストレッチ(準備運動)には、目的に応じて「動的ストレッチ」と「静的ストレッチ」に大きく分かれるが、ラウンド前には反動をつけて関節や筋肉を動かす「動的ストレッチ」が効果的。筋温を上げ、関節の可動域を広げ、ケガの予防やスムーズなスイングにもつながる。
なお、動きを止めて筋肉を伸ばす「静的ストレッチ」は若いゴルファーには向いているが、シニアは無理をしないことをおすすめする。ここでは、サミティベート病院スクンビットに所属するエクササイズ・スペシャリストが推奨するラウンド前のウォーミングアップの基本をご紹介。
Assistant Professor
Dr. Benjapol Benjapalakorn
2013年に米・コロンビア大学を卒業後、チュラロンコン大学でスポーツサイエンスの教壇に立ち、整形外科分野で20年以上の実績を積む。現在は大学助教として教育に携わる一方、サミティベート病院スクンビットではエクササイズ・スペシャリストとして勤務し、プロゴルファー4人とジュニア選手9人(うち2人は日本人)のトレーニングを担当している。
▪️静止時間:なし(反復運動)
▪️回数:左右10~15回を1~2セット
▪️静止時間:10~15秒
▪️セット数:1~2セット
※力加減は痛みを感じない程度、心地よく伸びる範囲まで。
ラウンド前のウォーミングアップの目的は、ゴルフで使う筋肉や関節(太ももの前面と背面、お尻、胴体、胸と背中など)を温めることです。基本は体の動きの反動を使った動的ストレッチを軽くやる程度でいいでしょう。パワーのある若い人や上級者ゴルファーは、体の可動部を伸ばすようにする静的ストレッチも有効です。
なお、膝や足首を回すようなウォーミングアップを時々見かけますが、あの動きにはあまり意味がありません。必要なのは、ラウンド中に使う部位を、実際のスイングの動きのように動かすことです。ゴルフをした後に関節や筋肉が痛む時には、まずは2〜3日休むこと。それでも改善しない場合はそれ以上放置せずに受診してください。悪化するまで放っておいたり、我慢してまたゴルフをするなど、無理をすると重症化する恐れがあるので気をつけましょう。
ゴルファーが病院で受診するニーズは主に2つあります。ひとつは、すでにケガや故障があり、治療やリハビリを必要とするニーズ。もう一方は、ケガなどはないものの、ゴルフのパフォーマンス向上や姿勢改善を目的としたトレーニングのニーズです。ベンジャポン博士は、どちらのニーズにも的確に対応できるゴルフのエキスパート。理学療法の知識とスポーツ指導の経験を総合的に活用し、個々の身体の状態や目標に合わせたアプローチを提供できるので、多くのゴルファーから信頼を寄せられ、「サミティベートの整形外科でゴルフといえばベンジャポン博士」と言われています。
Associate Prof.
Chathchai
Pookarnjanamorakot, M.D.