
航空業界は「花形職業」として人気があり、就職先人気ランキングでも常に上位にいる。吉原大司さんも迷うことなく大学卒業後に全日本空輸(以下ANA)に就職した一人。「両親ともANAの社員で、とても楽しそうに働いていたので、それを見て育った私にとって憧れの会社でした。法学部でしたから法曹界へ進む選択肢もあったのですが、自分に合っているのはやはりサービス業だと思いANAを選びました」。
晴れてANAに就職した吉原さんだが、少し変わった勤務経歴を持っている。航空会社といえば一般的にフロントラインで働きながら、空港や営業の現場などを適切に回す経験を積んでいく。ところが吉原さんは国土交通省への出向、調査部、会長秘書などと、どちらかといえば表舞台に出ない会社を裏から支える部署を渡ってきた。
「入社して30年近くになりますが一度もフロントライン勤務がなかったのはかなり珍しいことです。でも、裏方として羽田空港の国際化に関与できたりして、会社や事業の方向性に関わる仕事の醍醐味をいくつも体感できました」。

吉原さんについに海外勤務のオファーがあったのは2024年のこと。勤務先は社内でも大人気のバンコク。タイトルはバンコク支店長だった。「実は私が38歳の時に妻を亡くしていて、当時娘はまだ10歳。そのような私の状況に会社が配慮してくれて、今まで海外勤務がなかったのだと思います」。娘さんが大学生になり、吉原さんは、もう大丈夫!と判断してバンコク赴任を快諾した。「日本国内で勤務していた時は常に上司がいて、上司を支える仕事をしていました。ところが今は、私の上司はバンコク内にはいません。しかも裏方だった立場が一転して表舞台へ出たわけですが、おかげさまで新鮮で充実した仕事をさせてもらっています」。
そんな吉原さんはバンコクに赴任して、男の身だしなみに目覚めたという。「シミ取りのレーザー治療をしたんです。タイで暮らしている男性諸氏はみなさん意識が高く、話を聞いているうちに私もやってみようと思いました」。ある程度年齢を重ねた男性は清潔感が大切。それを身を持って体験したわけだ。そして吉原さんは今、人生の新しいステージに立つ。「妻を亡くした時に私の人生は一度終わっています。でも、娘も大人になったので、これからは自分を振り返りながら、周囲の仲間たちを高めていくことに力を注ぎたいですね」。自然体で生きていきたいという吉原さんの笑顔はとても素敵だった。

全日本空輸株式会社
バンコク支店長
1975年、福岡県生まれ。1998年慶應義塾大学法学部法律学科卒業。同年、全日本空輸株式会社入社。2004年までの6年間、成田空港客室部に勤務。以降、国土交通省出向、本社調査部、成田空港総務部、本社労政部、会長秘書、本社広報部に勤務。そして2024年に自身初めての海外勤務としてタイへ渡り、バンコク支店長に赴任、現在に至る。趣味は釣り。