「わからない」と言えるすごさ

「わからない」と言えるすごさ

ドクター南の生活羅針盤

タイで少し暮らしてみると、曖昧なルールやゆるい時間の感覚、言葉のニュアンスが伝わらない場面にしばしば当惑します。でも、こちらの人たちはそんな状況でもまったく動じる気配がなく、むしろ余裕すら感じられる。この違いはどこから来るのだろうと、考えさせられます。

そもそも人間の脳は、予測できてコントロール可能な状況を好み、複雑なものを単純化する傾向があります。そのため、わたしたちは善悪や勝ち負け、正解・不正解といった二元論に陥りがちで、曖昧さには強いストレスを感じるのです。曖昧さへの耐性が低いと、誰でも白黒つけたくなってしまいますが、医療の現場でも時々そういったことが見られます。

たとえば、診断がつかない病状が続いているとき、一つの検査や症状から安易に結論を導き出してしまう“Jump to Conclusions”という現象があります。これは患者さんだけではなく、医師の側でも不安を感じている時に起こりやすく、結果として誤った判断につながることもあります。本来、鑑別診断(differential diagnosis)とは複数の可能性を並べて、丁寧に説明しながら時間をかけて正しい診断にたどり着くものなので、診断には医師個人の能力以上に、患者さんとの信頼関係こそが大切だと感じます。

タイでの暮らしは、そんな曖昧さに耐える力を育ててくれているように思います。大渋滞でも誰も怒鳴らないし、「正しさ」より「関係性」を大事にする。白黒つけずに生きることは、脳のバイアスから自由になることであり、成熟の証とも言えるでしょう。「自分は正しい」「わかっている」という価値観が揺らぐとき、人は学び、考えを拡げられると35年前恩師に教えられました。その教えを噛みしめながら、日常生活でも医療の現場でも、「わからない」と言える勇気と誠実さを大切にしていきたいと思います。

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南 宏尚(みなみ ひろたか)

大阪の高槻病院で長年小児・新生児医療の第一人者として臨床・研究・教育に携わる。サミティベート病院では医療相談やセミナーで邦人社会をサポート。現在は出張ベースで相談やセミナーを継続中。齢50にして長年の不摂生を猛反省、健康的生活に目覚めるも、しばしばリバウンドや激しすぎる運動で体を壊しがち。

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