衣食住。それは人が生きていく上で必要なものであり、生活基盤を構成する上で重要な要素となる。外国で暮らしていると、日本に住んでいる時以上にその要素に意識が向くのは人の必然。とりわけ「衣」は日本との気候の違いが大きいほど気になるものである。
戸叶宏幸さんは、南国タイにおけるそんな「衣」に関するエキスパート。現在、日本の大手アパレル企業「コナカ」がタイ国内で9店舗を展開するSUITSELECTのダイレクターだ。「入社以来、3店舗の店長を経験して順調だったのですが、何かハードルの高いことに挑戦したかったんです」。そう話す戸叶さんは、32歳の時に会社が募集していた海外進出要員に立候補した。「一回しかない人生なので、日本にいて無難な日々を過ごすのではなく、海外へ出て行って手応えのある仕事をしたいと思いました」。100人ほどの応募者があった中、戸叶さんは見事に抜擢されてタイへと渡った。2012年のことである。
しかし、戸叶さんを待っていたのは言葉と習慣の壁だった。現地法人の立ち上げと同時に、第一号店をセントラルワールドに開店する準備に追われ続けた。「忙しいのは問題ないのですが、言葉が伝わらないのは本当に辛かったですね。タイ人のスタッフがこちらに求めていることがわからない。こうしてほしいというこちらの要望も伝わらない。それが悔しくて、タイ人にも申し訳なくて、住まいで泣いたことが何回もありました」。そこで戸叶さんはタイ語学校へ通うようになった。仕事中などに気になったタイ語をメモしておき、それをタイ人の先生に片っ端から聞き、タイ語の語彙力を身に付けた。タイ人スタッフとまともに話せるのに2年を要したという
「タイ語で意志疎通ができるようになると、今度は価値観の決定的な違いに悩まされました。ローカライズが大切なのを、身をもって体験したわけです」。タイへの進出当初、SUITSELECTの店頭には日本の夏物が並んだ。接客も日本のスタイルを踏襲した。しかし、タイ人の顧客は半袖のシャツよりも長袖を好んだ。日本流の接客が“押しつけ”と誤解されることもあった。「自分の方が変わっていかなければ、と気付いたんです。ここはタイですから、タイの人たちが着たくなるようなスーツを店頭に置かなければならない。極めて当たり前のことですが、あまりにも日本流を貫こうと勘違いしていたんです」。
今、SUITSELECTでは、家で洗えてシワにならないウォッシャブルスーツが注目されている。軽量で肩もこらずデスクワークで着ていても快適なストレスフリーのスーツだ。「タイに住む日本人の方々にも、南国での『衣』の楽しみを伝えたいです。身だしなみは気持ちを演出する上でとても大切。何歳になっても妥協せずにお洒落を忘れないでいれば、きっと身も心も健やかに生きていけるのではないかと思います」。
SUIT SELECT THAILAND
Director
1979年生まれ、群馬県出身。大学卒業後、2002年に株式会社コナカに入社。店長として3店舗で経験を積み、32歳の時に同社の海外進出スタッフに抜擢される。2012年にはSUIT SELECTのバンコク第一号店立ち上げのためにタイへ赴任。以降、同社のタイにおける事業の推進役として活躍している。