タイの地に根を下ろし生きることを選んだ、ひとりの男が、いま思う。 次の世代へどうしても伝えておきたいことがある。 働くことの意味、遊ぶことの悦び、誰かを愛し、守り、繋いでいくことの素晴らしさ。
タイ国日本人会 第51代会長・島田 厚氏が、在タイ日本人男性たちへ贈る10の提言。 その言葉にはこの地で「男として生きる」ための鍵が、静かに、しかし確かに息づいている。
私の場合、かつて商社マンとしてタイに駐在した期間が長く、それは延べ10年以上。 商社を退職した後、考えた末にタイへ拠点を移して自分のビジネスを立ち上げました。 したがって“働く場”としては日本とタイの二つにまたがっています。
でも、どこにいても、どんな職種であっても、「仕事は目標を持ち、結果を出すこと」に尽きると私は思っています。 もちろん業界や職種によってアプローチは違います。 ただ、それでも大事なのは、自分なりの目標をしっかり描いて、そこに向かって手を抜かずに進むこと。
好きなことを仕事にしたいなら、まずは「自分は何が好きなのか」を見極めることから始め、そのうえでコツコツと結果を積み重ねていくしかありません。 特に、タイで働くということは、日本とは違う空気やリズムの中に身を置くということ。 だからこそ「今」という時代や流れを読む力、それに合わせて自分の動きを調整する柔軟さが、とても大事になってくるはずです。
【言葉の横顔】 頑なな姿勢で仕事に臨むことも大切だが、その時代や置かれた環境を意識した柔軟な姿勢を持つことで、きっといい結果がついてくるだろう。タイで仕事をするなら、そんな感性が一層重要になってくる。
オンとオフの切り替えで言えば、私のオフの代表格はやっぱりゴルフですね。 もちろん、仕事の付き合いでプレーすることもありますが、それでもやっぱりゴルフは純粋に「遊び」として楽しい。 自然の中でリラックスしながら、自分と向き合える貴重な時間で、男にとって仕事が大事なのは言うまでもない。
でも、ずっと真面目一本槍でいると、どうしてもどこかで息切れしてしまう。 だからこそ、自分なりの“ガス抜き”はちゃんと持っておいた方がいいと思います。 たまには遊び心を大切にして、自分が心から楽しいと思えることに時間を使うことが、結果的には仕事にプラスに働くはずです。
特に駐在で来ている皆さんには、限られた在タイ期間を「人生のご褒美」だと捉えてほしい。 週末に少し遠出してみる、気になる国へふらっと旅行に出かけてみる。 遊びながら世界を広げられるって、すごく贅沢なことなのです。
【言葉の横顔】 ソンクランなどの長めの休暇を取れる時には、思い切って普段できないことに大胆に挑戦してみてはいかがだろうか。遊びとはいえ、夢中になれることが見つかれば、それは貴兄にとってかけがえのない宝物になるはずだ。
人生には、やらなきゃいけないことも、やりたいことも、たくさんあります。 でも、その中で忘れちゃいけないのは、家族や恋人、パートナーといった“大切な人を愛する”ということではないでしょうか。
仕事もあるし、外での付き合いもある。 一緒に過ごせる時間は限られているからこそ、その貴重な時間をどう充実させるかを、いつも考えています。 少し自責の念を込めて申し上げると、愛っていうのは「どれだけの時間をかけたか」よりも、「その時間をどれだけ濃密にできたか」が大事なんじゃないかと思っています。
子どもがいる家庭であれば、我が子の年齢によって関わり方はどんどん変わる。 でもそのフェーズごとにどの瞬間にも真摯に向き合って、心を込める。 それがきっと、後から効いてくる。 誰かを大切に思う気持ちというのは、その相手だけじゃなく、自分の内面をも育ててくれるように思います。 ちょっと気恥ずかしい話ですけど、いくつになっても、男が心の奥で抱き続けるキーワードはやっぱり「愛」──そう言っておきたいですね。
【言葉の横顔】 「愛」の表現は、力み過ぎると少し重たくなり、軽く流すと空虚になってしまう。だから照れながらでもいいので、自分のスタイルで素直に表現してみたい。少しの勇気さえあれば、きっと愛は伝わるのである。
年齢を重ねると経験は増えますが、だからといって「学び」を手放してしまうのは、どこか惜しい。 新しい世界に足を踏み入れる抵抗感は誰にでもあるでしょう。 きっと、多くの人が「何かを学びたい」と思いながらも、なかなか最初の一歩を踏み出せずにいるのではないでしょうか。
私にとってのそれは、ゴルフでした。 正直に言えば、始めた当初はまったく好きになれなかった。 でも、ふとしたきっかけで本格的に取り組みはじめ、プロのレッスンを受けるようになると、不思議なもので気づけば学ぶことそのものが楽しくなっていたのです。
学びとは、いつだって何かの「きっかけ」から始まるもの。 それが偶然でも、気まぐれでも、せっかくの扉が開いたのなら、のぞいてみる価値はある。 日本人会の多様な同好会もまた、そうした「学びの場」になるはず。 だからこそ、少しでも興味を惹かれるものがあったら、その好奇心を大切に育んでほしい。 自分の中に芽生えた関心に素直になり、少し調べてみるだけでも、それは立派な最初の一歩です。 学ぶとは、知識を習得すること以上に、「知りたいという探究心を持ち続けること」なのかもしれません。
【言葉の横顔】 知りたがるということは、人が何かを学ぶ上で根源的で重要なエモーションである。上手くなりたい、詳しくなりたい、もっと楽しみたい。 何歳になっても そんな衝動に向き合うことを忘れないで行動したいものだ。
若い頃から、体のSOSにはなるべく耳を傾けてきたつもりです。 しかし、仕事柄どうしても外食が多くなりがちで、さらに太りやすい体質。 したがって週に一度か二度はジムで汗を流すようにしています。 些細な習慣かもしれませんが、それでも続けていれば、心と体が少しずつ整ってくるのを感じます。
健康でなければ、やる気も湧かないし、頭の回転だって鈍ってしまう。 とくに男性は、仕事に邁進する中で気づかぬうちに心身をすり減らしていることが多いもの。 だからこそ、フィジカルとメンタルの両面からバランスよく整えておく。 それは、現代を生き抜くための重要な「習慣」といえるでしょう。
健康診断も、後回しにせず、整える良い機会だと捉えてください。 年齢を重ねるほど、体からは静かに、しかし確実にサインが送られてきます。 その小さな声に耳を傾け、素直に受けとめて、早めに手を打つ。 それが自分自身をいたわる賢さだと思うのです。
そして、「食」。 ありがたいことに、私の場合は妻の手料理のおかげで、バランスのとれた日本食中心の食生活を送れています。 でも、単身で暮らす方も多いことでしょう。 無理にストイックになる必要はありませんが、お酒の量や脂っこいものに、ほんの少し気を配るだけで体はきちんと応えてくれます。 自分の体を整えることは、誰かに評価されるためではなく、自分が心地よく生きていくための習慣なのです。
【言葉の横顔】 食事と運動、そして健康診断。これらに注力して生活することは、中年以降の男性にとってとても大切だ。気分良く飲み、仲間と語り合い、趣味に興ずる。体と頭(精神)のバランスが良ければ、タイでの暮らしはより充実するはずだ。
生きていれば、ふと湧きあがってくる「ありがとう」という感謝の念。 それは決して特別なことではなく、むしろ当たり前のこと。 たとえば、仕事の現場では取引先や共に汗を流してくれるパートナー企業に対して、日々感謝の気持ちを持っています。 日常に目を向ければ、妻や家族。彼女たちの温かい支えなくして今の自分は語れません。
人生というのは、一人では決して成り立たないものだと改めて感じます。 友人たちにも、深い感謝があります。彼らと分かち合う言葉や笑いは、何ものにも代えがたい宝です。
そして、忘れてはならないのが、今自分がタイという地で穏やかに暮らせているということ。 現在、約8万人の日本人がこの美しい国で生活できている。 その礎を築いてくれたのは、かつてこの地へ渡り、幾多の困難を乗り越えて道を切り拓いてくれた先人たちです。 彼らの尽力があってこそ、私たちの「当たり前」がある。 だからこそ、かつてここで生きた日本人たちへの感謝を胸に、私たちは今を丁寧に生きていかなければと思います。
【言葉の横顔】 外国に住むこと、外国で働くこと。慣れてしまえばごく普通の日常だが、その礎をつくってくれた先輩たちに、そしてタイという国に、私たちは感謝の念を持って向き合うことを忘れてはならない。
仕事でも私生活でも、人は時に失敗します。 大きなものから些細なものまで、しくじりというのは生きている限り、どうしたって避けられない。 だからこそ思うのですが、いつまでもその失敗を引きずって自分を責め続けるのは、あまりにも辛いことです。
もちろん反省は必要です。 なぜ失敗したのか、その理由を静かに振り返ってみる。 そうした過程は、自分を成長させるための大切な時間です。 でも、どこかで区切りをつけなければならない。 反省したら、そのあとは自分を「許す」ことも必要なのです。
他人に対しても同じで、誰かが失敗したとき、その人を責め立てるのではなく、一区切りつけて許す。 そうすることで、人と人との関係も、より健やかなものになっていくはずです。 失敗を無かったことにするのはできません。 ですが、同じ過ちを繰り返さないよう努めることはできる。 その姿勢こそが、自身と他者に対する「許し」の表れなのではないでしょうか。 許すというのは、過去から目をそむけることではなく、より良い未来を築くための静かな決意なのかもしれません。
【言葉の横顔】 「許す」ということは、とても難しい類の感情かもしれない。ただ、それをうまくコントロールすることで、物事も人間関係も上手く行くことが多々あるもの。ましてやそれが外国でのことであれば、なおさらなのである。
「何かに挑戦してみたい」 そう思う気持ちは、いつも心のどこかにあります。 そうは言ってみるものの、新しいことを始めるのにはそれなりのエネルギーが必要です。 それでも、日々の暮らしの中には、小さな挑戦の種がそこかしこに転がっている。 だから私は、たとえささやかでも、その芽を見つけては手を伸ばすようにしています。
挑戦というのは、結局、自分の価値観と深く結びついているものだと思います。 どんな人生の段階にいて、どんな時代を生きているか。 そうした背景によって、「挑戦」の意味合いも少しずつ変わってくる。
私たちは今、タイという異国で暮らしています。 その事実自体が、ひとつの大きな挑戦であり、また日々に挑戦のチャンスが溢れているということでもあります。 この国のゆったりとした時間や、多様な価値観に触れるうちに、日本では気づけなかった自分の輪郭が見えてくることもあるでしょう。 だからこそ、あまり肩肘張らずに、少しだけ自分の殻を破ってみてください。 仕事でも趣味でも、壮大な目標でなくても構いません。 「これまでとは少し違う自分」に出会うこと。 それもまた、挑戦の醍醐味だと思うのです。
【言葉の横顔】 挑戦というと少し攻撃的なイメージがありますが、決して激しいだけのものではない。朝起きてふと思い立ったことや、小さな決めごとであっても、それは静かな闘志であり、ささやかな挑戦であるのだ。
「休息」という言葉には、どこかやさしい響きがあります。 私はそれを、“ひと息つく”と捉えています。 立ち止まり、肩の力をふっと抜いてみる。 人は時に、そういう時間を意識して持たないと、質の高い仕事もできなくなるし、人間的な余裕も失ってしまいます。
私の場合、気分転換にはゴルフへ出かけたり、友人と会うことが多いですが、何もしない休日だってあります。 ただ、そういった“憩う”時間が豊かに感じられるのは、日々に動きがあるからこそ。 あれこれと忙しく動き回る日常があるからなのかもしれません。
70歳を超えた今でも、私は「何かしていないと落ち着かない」性分です。 会社や日本人会の仕事はもちろん、自らの充実した暮らしのためにも、日々動く。 年齢に関係なく、動いている方が気持ちは前を向くものです。 だからこそ皆さんにもお伝えしたい。 思い切り動いて、そしてしっかり休めと。 そのメリハリこそが、人生の“質”なのだから。
【言葉の横顔】 働くこと、休むこと。例えばそれを音楽に例えると、音符と休符の関係に似ている。どんな曲でも、休符や音のない隙間があるから成立するし美しい。男の日常だって、音符と休符の繰り返しでリズムが生まれるのだ。
このタイという国で、今日も日本人として穏やかに暮らしていられる。 その背景には、先人たちの努力とこの国の寛容な懐の深さがあると私は思っています。 だから大切なのは、この「暮らしの土台」を、次の世代へときちんと手渡していくこと。 それが私たち世代の責任であり、ある種の使命のようにも感じているのです。
いま、多くの日本人がタイで生活し、仕事に励み、趣味を謳歌しながら、快適な日々を送っている。 けれど、そうした環境は、最初から用意されていたわけではありません。 かつてこの地に渡り、数々の困難と向き合いながら信頼を築き、基盤を築いてきた人たちがいたからこそ、私たちはこの豊かさを享受できているのです。
歴史や過去にきちんと目を向けること。 そして、そのバトンを途切れさせることなく、未来へと渡していくこと。 それは静かで力強い継承の営みであり、私たちに託された重要な役割だと考えています。
さらにもうひとつ、私が個人的に強く願っていることがあります。 それは、タイの人々と、もっと積極的に交流を深めてほしいということ。 互いを知り、理解し合うことで、日本とタイの間に築かれてきた絆は、より強固になるはずです。 未来を担う世代に、両国の温かい交流をしっかりと繋いでいきたい——それが私の切なる願いです。
【言葉の横顔】 かつて自分に託されたこと、自分に引き継がれたこと。それらはどれも貴重な財産であると捉えてもいいのではないだろうか。世代から世代へ。さあ、今度は私たちの番だ。
タイ国日本人会第51代会長。1955年、 東京生まれ。 1990年に前職(商社)の駐在員として初めてタイに赴任。 以来、日本とタイを行き来し、 2013年10月からは3度目となるタイ生活をスタート。 2016年4月より現職に就任している。 「NPD(NIPPON PARKING DEVELOPMENT(THAILAND)CO.,LTD) 」の副社長を務めるほか、複数企業のアドバイザーとしても活躍中。 長年にわたる日タイ間の経済・文化交流への貢献が評価され、 2024年には日本国外務省より「令和6年度 外務大臣表彰」を受賞。 趣味はゴルフ。