普段の生活にアクティブな時間を取り入れてみてください。外の空気を吸いながら少し歩くだけでもいいですし、それだけでも、脳はフィジカルを良い方向へ導いてくれます。
「脳」という言葉を聞いたとき、あなたならいったいどんなことをイメージするのだろうか。個性や意識の源、身の回りや世界を認識するための機能、知らず知らずに哲学的な思考、感覚をも覚えさせることができる高度で複雑な仕組み…。このわずか1.4kgほどの重さの器官の中は、まるで宇宙のようなもの。起きている時も寝ている時も、脳では実にさまざまなことが繰り広げられている。そして脳は、人のメンタルのみではなくフィジカルにも大きく関わっている。だから、脳がその人の人生の質を左右すると言ってもけっして大げさではない。そこで今回は、サミティベート病院の南医師に「脳」の話を聞いてみた。「脳の4大機能とされているのが、運動、感覚、認知、そして自律。脳は運動を指令したり感覚を処理するだけではなく、自分がどこにいるのか、誰といるのか、何をすべきかなどを判断したり、記憶したりする認知機能を司どっています」。認知症で何が損なわれるかを知ればこの話には合点がいく。「これらは意識下で行われていることですが、自律神経は、体の各所にあるセンサーから情報を受け取って、状況にあったスイッチを自動的に入れてくれるんです。意識していなくても物を食べれば胃が動くし、暑ければ汗が出るし、スポーツなどで体を動かせば、心拍数が上がり、呼吸が早くなり、全身により多くの酸素を送ってくれます」。つまり、脳は意識下での体の動き、感覚、思考・判断、そして無意識をも司る重要な柱なのである。
脳は人が成人してからも成長を続けているという。「最近になってわかってきたことなのですが、脳は20代~30代でいったん完成したあと、ライフスタイルや置かれた環境によってさらに成長したり、逆に退化してしまう場合があるので注意したいですね」。脳はその4大機能を組み合わせながら30代頃までに完成し、それからも脳のネットワークを使いこんでいくほど成長するという。「脳は筋肉と同じように負荷がかかると傷つくんです。筋肉もスクワットなどで傷つきはしますが、それを修復しながら強靭になっていく。これとよく似ていて、脳を働かせるほどネットワークを切ったりつないだりしながら成長します。インプットとアウトプットを繰り返しながら、心と体にとって最適な状態を自然とつくり出しているんです」。では、そのように常に仕事をしている脳のメンテナンスを受け持つものがあるはずだが、それは何か。それは睡眠だという。「睡眠はとても大切です。脳は起きている間も自ら修復作業をしているのですが、寝ている間は起きている時の数十倍のスピードで修復していきます。寝ている間には新しい回路も構築するので、よく“睡眠中にいいアイデアを思いついた”なんていわれますけど、これもきっと睡眠の効能だと思います」。さらに睡眠は人の記憶力を維持するのにも重要で、限りある記憶力がオーバーフローしないように調整しているのだそうだ。また、生活習慣病も脳が成長するのを邪魔する。例えば動脈硬化は血液の流れに支障が起きるため、脳に十分な血液が届かずネットワークに支障が生じる。肥満も慢性炎症によって脳にも悪影響を与える原因だと言われているので気をつけたい。
南先生は学生時代に水泳の選手として活躍していたことがあり、その面影は体型にも表れている。身長180cm、幹のような太もも、分厚い胸板を見れば、周囲の人たちに“サミティベートのターザン”と呼ばれるのもわかる気がする。「タイに来てからまた水泳を再開したんです。トライアスロンにも挑戦しているので、バイクとランニングも無理しない程度に始めています」。そんな南先生は脳とフィジカルの関係をこうも言う。「脳を鍛えるというかいい状態を維持するには運動しかない、と言っても過言ではないでしょう。運動は脳にとって睡眠不足と真逆の効能があって、傷ついて疲弊した脳のパーツを修復します。脳の中央部にある“海馬”という記憶中枢を育てることにも寄与します」。
30代から脳は縮み始めると言われているのだが、運動によって縮むスピードを抑えることができ、認知症予防にもなるらしい。「運動といっても、何キロも泳いだり走ったりということではなく、ジムで5分だけ筋トレをしたり、ジョギングしたり、住まいの近所を歩くだけでもいいんですよ。普段の生活にアクティブな時間を取り入れてみてください。外の空気を吸いながら少し歩くだけでもいいですし、それだけでも、脳はフィジカルを良い方向へ導いてくれます」。だからあなたも、継続できる運動習慣を生活に取り入れてみてはいかがだろう。気分を変えるためにちょっとだけ体を動かすことで脳をいい方向へと変えていけるのである。
体を軽く動かすアクティブな生活習慣を取り入れるだけで脳は変わる。それがマインドフィットネスだ。更年期障害の予防効果もあるし、何かものを書く時だって、少し体を動かしてから書いた方がいいものを書けるという。「軽い運動の目安は、自分の通常の脈拍数が少し上がる程度でいいんです。例えば朝起きた時に脈拍数をチェックしておいて、それを少しだけ上げる運動からトライしてみるといいかもしれません」。そして、日常生活の中で避けて通れないのがストレスである。「人はストレスの中で生きています。ストレスを感じていないという人もいますが、それはそうではなくて脳は感知しているのにストレスを感じる感情を抑制しているから。
そんな脳がパンクすると体調を壊してしまうので、そうなる前に週に2回だけ運動してみてください。それから、すべてにおいて“良い加減”に考えてみる。自分でコントロールできないようなことにはタッチしないのもストレスを軽減するコツです」。
いずれにしても、男性が自分のパフォーマンスを発揮するには、脳がどれだけ健康であるかにかかっている。脳を鍛えメンテナンスすることで、フィジカルが大きく変わってくる。「みなさんが、タイという外国の地で生きている刺激も脳にとってはアドバンテージ。まだ行ったことのないところへ出かけてみたり、社外の人と会ったりするのもいいですよ。一歩踏み出すだけで、人生の質が変わります。人は脳から変わることができるんです」。
南 宏尚(みなみ ひろたか)/社会医療法人愛仁会高槻病院
1960年生まれ。小児科医・新生児科医。愛仁会副理事長・常務理事。高槻病院院長補佐。
4年間のタイ駐在で邦人社会をサポート。現在は出張で医療相談やセミナーで継続支援中。