
仕事上、英語での会話が多いのだが、相手の話が途中からわからなくなることがある。耳に入ってこなくなる、というほうが近い。理由を考えてみると、英語の音を追いかけながら意味を組み立てようとしたり、どう返すかを考え始めているからではないかと思う。これは英語だけの問題ではなく、どうも脳が同時に二つの言語処理を深く行えないのではないか、少なくとも私の脳ではそういう限界がありそうだ。
そもそも日本語でも同じことが起きる。相手の話を聞きながら返事を考え始めると、途端に言葉が入りにくくなる。話の途中で「こう返そう」と考え始めたとたんに、相手の声が呪文のように聞こえてくる。この聞けなさは、実は親しい関係ほど強く出るのではないかと思う。長く一緒にいるぶん、共有している前提や先入観が多く、「どうせこう言うだろう」「きっとこういう意味だろう」と思い込みがちである。相手の言葉を最後まで聞く前に返事してしまうことも多い。

多くの場合、それで実害はない。しかし夫婦関係や親子関係では、この聞かないまま分かったつもりになる状態が日常化しやすい。長く一緒にいる安心感が、逆に注意深さを失わせるのである。本当は家族にこそいちばん丁寧に耳を傾けるべき場面がある。前提や思い込みが多い関係ほど、意識して聞かないと、すれ違いが静かに積み重なり、ひずんだ関係に至ることがある。小児科医としてお子さんの相談に乗っていると、そうした家族の“聞けなさ”に気づかされることも少なくない。
言葉は、外国語であれ母語であれ、聞くこと・考えること・返事することを分けて扱うべき媒体である。そして、私たちは聞くことが苦手である。だからこそ、相手の言葉を最後まで受け取ろうとする姿勢が、どんな関係でも大切になってくるのだと思う。
大阪の高槻病院で長年小児・新生児医療の第一人者として臨床・研究・教育に携わる。サミティベート病院では医療相談やセミナーで邦人社会をサポート。現在は出張ベースで相談やセミナーを継続中。齢50にして長年の不摂生を猛反省、健康的生活に目覚めるも、しばしばリバウンドや激しすぎる運動で体を壊しがち。