
古来、育児は年長者から若者へと日常的に伝えられてきたものであったが、都市化と核家族化が進んだことで、親たちはその伝承から切り離され、一人で子どもと向き合うことになった。
このような趣旨のことを、1967年に出版された「育児の百科」の中で小児科医である松田道雄氏が書いている。最近この文章を読むにあたって、駐在員の家族というのは、都市化と核家族化に強制的に放り込まれる存在ではないかと思い至った。
地方都市で暮らし、近くに祖父母がいる家庭があるとして、それが急に世界のどこか大都市へ移り、親戚宅からも遠く離れるわけで、子育てをする帯同者にとっては多くの困難があると予想される。
しかし異国での育児は決して辛いことばかりではない。現に今僕が住んでいるコンドミニアムでは、ほとんどの主婦(たまに主夫)、子どもと顔見知りであり、日本よりも圧倒的に家庭間の関係性が近いように思う。

マンション内で僕の名前を呼んでくれる子はたくさんいるし、この前は礼儀正しい子に「救急医のしばだいきさんですね、雑誌でみました」と廊下で挨拶されてびっくりした。
遊び場に行けば子どもたちが走り回っていて、親たちは他の家の子どものことも気にかけており、コンドミニアム内で形成されたコミュニティ全体で子どもを見守っているという感覚がある。
小津安二郎の「東京物語」で、原節子演じる紀子が、尾道から出てきた義父母をアパートへ招いた際、晩酌のために隣の部屋へお酒を借りに行くシーンがあるが、この昭和の風景が今の家にはあって、たぶん僕にお酒を貸してくれる家も5軒くらいあるだろう。
バンコクのコンドミニアムは地上の喧騒を始点に縦に大きく伸びた鉄骨とコンクリートの塊であって、外見は東京のタワーマンションと大きく変わらないわけであるが、タイで出会う人情味やお互いの似た境遇がそうさせるのであろうか、内側の家族同士の付き合いには昭和の団地のような雰囲気があって微笑ましい。
と、ここまでさんざん昭和昭和と唱和してきた当人は平成生まれなのであるが、僕がこれまで本や映画、人生の先輩方から見聞きした昭和の風情がここバンコクの真ん中に存在していて不思議な感じがする。日本よりもタイの方が子育てがしやすいとみんなが口を揃えていう理由はこういうところにあるのかもしれない。
救急専門医。聖路加病院救急部勤務の後、2025年4月に妻の海外赴任に帯同し来タイ。本年3月よりサミティベート病院勤務。