
タイで暮らしていると、香りが空気の質を変える瞬間に何度も出会う。その代表がレモングラスである。細長い葉は稲の仲間にあたり、どこか素朴な姿をしているが、ひとたび切ってみればレモンのような清涼な香りが立ちのぼる。レモングラスは料理になり、香りで演出し、暮らしそのものに溶け込んでいる素材だ。市場では束ねて売られ、家庭の台所にも当たり前のように置かれているあたりに、その身近さが表れている。
トムヤムクンをはじめとするスープには欠かせない存在で、煮出して飲めば体の内側にすっと風が通るような軽やかさがある。鶏の唐揚げに下味として使えば、脂っぽさを和らげ、食後の余韻をすっきりと整えてくれる。さらに刻んでサラダに加えれば、単調になりがちな味に立体感が生まれる。主張しすぎず、それでいて全体の印象をさり気なく変えるのが、レモングラスの魅力だ。
その働きを支えているのが、シトラールをはじめとする精油成分。レモンにも似た香りのもととなるこの成分には、抗菌作用や消化促進、リラックス効果があるとされ、体の内外に穏やかに効く。また、暑さで鈍りがちな胃腸の働きを助け、日常のコンディションを食べることで整えてくれるのも特徴だ。香りが単なる嗜好ではなく、機能として息づいているところにも、このハーブの奥深さがある。
強い刺激ではなく、通り抜けていくような清涼感。絡まりがちな日常の滞りをほぐし、体と気分を軽くする。その穏やかな作用は、ふとした瞬間に空気の質さえ変えてしまう。それがタイで何度も出会ってきた、あの香りの正体である。